B操法は他の二点療法とは考え方が違う

神経システムに働きかけるB操法は、○式二点療法と発想が似ています。

と言っても、○式二点療法を研究したわけではありません。

○式二点療法は、過去に一度○式二点療法の講師という人の

施術を受けたことがありますが、講習を受けたことはありません。

発想は似ていますが、結果的に後でそう思っただけです。


それはともかく、2ヶ所の部位を検査によって探して操作します。

2ヶ所の部位を操作することによって、施術後の戻りが少なくなるということです。

2ヶ所の組み合わせが大事なわけです。


○式二点療法は、一ヶ所の点に触れておいて、もう一ヶ所を刺激します。

しかし、B操法は一ヶ所ずつ別々に操作します。

2ヶ所を組み合わせて施術をするということで言えば

似ていると言えば似ていると思います。

ただ、○式二点療法は圧痛点の原因になる部位を探して

その原因の部位を刺激して施術をします。

そして、圧痛点が複数あればその原因になる部位も複数になるわけですから

次々に施術していくことになります。


B操法は、2ヶ所をやって施術は終了です。

と言うのは、検査の時点で体が一番整う所を探して

施術するわけですから、それ以上調整する必要はないわけです。

もっとも、体が一番整う部位が二ヶ所存在するというのも

おかしな話ですが、ともかく一番整う部位が2ヶ所あります。

その2ヶ所を調整して、施術は終了です。

“気”に働きかけ時と神経に働きかけた時では調整結果が違う

以前、神経に働きかけた時は、時間が経過すると

体が元の状態に戻ってしまうという内容のことを書きました。

その内容はこちらこちらです。

ところが、いろいろやってみると、どうもそうではないようです。

以前書いたことは訂正します。


神経に働きかけても、体の状態は元の状態に戻らないようです。

ただし、元の状態に戻らないようにするには条件があります。

他の整体の人がよく行っている方法

・症状が変化する部位を調べて、その部位を調整する方法

・体の歪みを観察して調整する方法

などがあると思いますが、そのような方法だと元の状態に戻ってしまいます。

体のいろいろな部位に触れてみて、一番反応が大きい部位

(一番体が整う部位)を調整すると、元の状態には戻りません。


ところで、“気”に働きかける調整法と神経に働きかける調整法の違いですが

“気”に働きかけた時は、好転反応が出ていわゆる根深いものが調整されます。

一方、神経に働きかけた時は、“気”に働きかけた時に

比べて好転反応は出にくいため、それほど根深いものは難しいかもしれません。

しかし、それほど根深いものがないのに、好転反応が出るのでは

敬遠する人もいることも確かです。

それほど好転反応が出ずに、穏やかに効果が出たほうが良いという人には、

神経に働きかける施術を行うのがベストかもしれません。

気に働きかけるのと神経に働きかけることはどう違うのか

以前こちらで“気”に働きかける場合と神経に働きかけるのでは施術結果が違うということを書きました。

では、そもそも“気”に働きかけることと神経に働きかけるのではどこが違うのでしょうか?

同じように体の末梢に刺激を加えたのに、どうしてそんなに施術結果に違いが出るのか。

私なりに考えてみました。

一番の違いは、手首や足首を操作する時の条件の違いが大きいかと思われます。

操作をする時の条件の違いが施術結果に影響が出ていることだけは間違いないと思います。

施術する時の条件は違いますが、施術する時の刺激の仕方に差異はありません。

条件とは、施術する部位を決める検査のやり方のことです。

PRYバランス療法の施術部位を決める検査は、他の手技療法にない特徴があると思います。

その特徴ある検査して施術することが“気”に働きかけて施術結果に影響を与えていると考えます。

“気”に働きかける施術法は他にもあるでしょう。

でも私と同じことをやっている人は(多分)いないでしょう?


神経に働きかけた場合は、施術後しばらくすると施術前の状態に戻ります。

しかし、施術によって一度筋肉などの組織に変化が起きていますので

軽い症状でしたらそのまま症状が消えてしまうことも少なくないと思います。

“気”に働きかけた場合は、施術して時間が経っても戻りは少ないです。

戻りが少ないですから、筋肉の拘縮も時間が経つにしたがって徐々に取れていきます。

ただ、拘縮している筋肉の数が多いとその拘縮が解放されるのに時間がかかります。


ここまでいろいろ書きましたが、“気”と神経の本質的な違いのことを書いたわけではありません。

あくまでも施術結果が違うから、片一方は“気”に作用してもう片一方は神経に作用したのではないかという推定のもとでそう書いたわけです。

ですからひょっとしたら違っているかもしれません。

もし、私が“気”と神経の本質的な違いを言葉で語ることが出来たとしたら、このブログに書きます。

でもそれは無理な話です。

なにせ“気”というものは目に見えません。

ただ感じるだけです。

感じるといってもなんとなく感じるだけです。

なんとなく感じるだけですから、非常に曖昧です。

曖昧なものを言葉で現すということは難しい作業です。

ですから、本質的な違いではなく現象面の違いを書くしかありません。

現象面の違いを書いたのですが、表現が曖昧ですからちょっと分かりにくかったかもしれません。